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まんじろう、財布を拾う・1

まんじろう、財布を拾う・1

 俺の名前はまんじろう。毛は茶色、鼻のまわりが白い雑種の犬。
 平凡な自己紹介、何せ「読書」というものをしたことがないので、かっこいい出だしのストックがない。その割にはいろいろ知ってるつもりだ。

 まんじろう、というのは、俺がガキの頃、その家のガキにつけられた。「学校」で「ジョン万次郎」が気に入ったからだそうだ。ちなみに、本家本元のまんじろうは、ドラマチックな奴で、鯨をとりに出かけたら遭難、外国で暮らしてたら、「ぺりー」と言う奴の「通訳」として戻ってきた人物らしい。しかしつくづく思うんだが、普通は「まんじろう」、じゃなくて、「ジョン」じゃないのか、犬の名前は。けど、まんじろう、も捨てたもんじゃないと俺は思ってる。何せ、俺、外国の犬じゃねーもんな。
 ここは根城の「弥栄の池公園」。「やえのいけこうえん」と読む。あんまり金持ってなさそうな家の住人たちの緑のオアシスだ。庭園と呼ぶには情けないけど、なかなか手入れは行き届いてて、中央にある噴水は、なみなみと水をたたえ、夏になると近所のガキが水遊びできるほどリッバだった。
(ところでリッパなのは、名のあるこの辺に在住していた歴史小説家が、よく現れたせいとだ言う噂だ。「ディープ」なファンが時々、訪れるので「見栄」で市がリッパにしたらしいが俺にはどうでもいい。)
 どうして俺がいろいろ詳しいかというと、趣味のせいである。公園と言う場所はなんせ人が多い。だから、おしゃべりも多い。そのおしゃべりを聞くのが「読書」の代わりの俺の趣味。噴水が風呂の代わりなんで、結構、身ぎれいだし、もちろん、噛みついたり、吠えたりなんてバカな真似はしない。飼い主が首輪を残してくれたので、悠々と動き回ることが出来た。

 いいぞお、主婦4人連れ、パート帰り。噴水を囲むベンチに座る。
 話はダイエット料理だ。痩せてる女は太ってるといい、太った女は最近痩せたと喜んでる。テンポも上々、明るくて、なんでも笑い飛ばすエネルギーがあって、聞いてる俺も楽しくなってくる。くんくん、匂いを憶える。ストレスがたまったときは、主婦4人連れに限る。笑うと、いい気分になる。俺の目尻も自然と緩む。
 おかげさまで餌には不自由したことがない。この公園は犬の格好の散歩道なのだ。だから、飼い犬と仲良くなると、ついでに食わせてもらえる。犬好きのガキなんか、家で飼えないから俺に「100円ショップ」で餌を買ってきてくれる。おまけに、俺に散歩にもつきあってくれる。やっぱ、散歩は健康の秘訣だろ。
 ラブラブのカップルもよく見かける。それも、夜。男が女の家まで送ってきたらしい。別れ際がジタバタするのは、別れたくないゆえだろう。くっついて、抱き合って、唇くっつけてる。こいつらの匂いを「濃厚」という。「フェロモン」だ。犬も同じことするからよくわかる。ふふふ。
 もちろん、タチの悪いのもいる。
 俺に石を投げる「中学生」。シッシッと失礼な顔で俺を嫌う「オバハン」。
 いろんな奴がいる。飼い主だって、引越で、犬が飼えなくて、俺を捨てた。とりあえず、匂いを憶えて、近寄らないようにすれば、なんとかなる。「くさいものにはフタ」なのだ。
 ところで最近増えたのは、昼間ここで弁当を食う背広のオヤジたちである。「リストラ」というらしい。「リス」と「トラ」のことか?とバカなことは一度は考えたが、「不況」も知ってるから「リストラ」が大変なのは俺にもすぐわかった。
 最近よく昼間にやってくる男がいる。訪れる時間は違うが、いつのまにか顔見知りになったようだ。
 「リス」男は「メーカー」で「トラ」男は「商社」。「リス」は共働きの奥さんがいて、結構稼ぎがあるらしい。だが、「リストラ」がばれると、離婚されそうで恐い、らしい。「トラ」の奥さんは専業主婦。ガキは高校生。大学ぐらいは行かせたい、と嘆いていた。大学生なら、働かせたらいいと思うのだか、そのへんは家の事情もあるらしい。まあ、「トラ」はパチンコがうまいらしく、「リス」に景品のお菓子を振る舞っていたし、「リス」は奥さんが稼いでいる間、「家庭菜園」と言うのをやっているらしい。いいことだ。それも立派な仕事だろう。
 
 実は俺には、もう一つ趣味がある。仕事というべきか。と、いうのも、こいつのおかげで随分、食いっぱぐれないようになったのだ。
 それは。
 ジャジャジャジャーン。もったいぶって言うと。「忘れ物預かり係」である。
 人が多いととにかく忘れ物も多い。とにかく一番多いのが「傘」。降りそうで降らない日は用心で「傘」を持つ人間が多い。俺の目線から言うと、「傘」忘れるなんて信じられないんだけど、人間の高さは「傘」が視野に入らないらしい。地元の公園なので、同じ人間がよく現れる。だから、「傘」と同じ匂いの人間のところへ持っていく。ときどき、「家族」のときもあって、煙たがられるが、大抵は感謝される。
 忘れ物は、二日間、保管する。持ち主が現れない場合は、食べれるものはいただき、食べられないものはゴミ箱の近くに置く。そうすれば、清掃業者が持っていってくれる。ちなみに夏場の食べ物の忘れ物はその日中いただくことにしている。
 
 今日は二日前に拾ったごちそうを賞味した。なにせ、美味しい食材で有名なスーパーだ。俺はごきげんで「調味料」とか「はみがき」とか入った袋を口に加え、ゴミ箱に近づいていた。
 日はかなり沈んでいた。この時間、わりと人は少ない。
 丁寧に、中身がばらけないように袋を置く。で、気づいた。えらいことである。ゴミ箱の側に忘れ物が落ちていた。俺の心臓はバクバクした。大仕事だ。なにせ、発見した忘れ物は茶色い皮の「財布」だったのである。フンと鼻をならして匂いを嗅ぐ。それから、同じ匂いを探す。落としてまもないなら全速力で追いかける覚悟で。
 運の悪いことに、この日、公園の近くの家はカレーが多かった。
 好みの匂いなので舌なめずりをするが、これは本能に基づく行動で「財布」とは関係ない。ゴミ箱のまわりを中心に四方八方と駆け回ったが、残念ながら「財布」の主は見つからなかった。
 人間たちは「財布」にかなりに大事なものをしまう。まずは「現金」それから「カード」それから「診察券」それから「会員証」。はたまた、「運転免許証」。俺が「財布」のことをよく知っているのは、人間の会話を聞いている賜だ。「財布にいま千円しかない」「財布にいらないカードばかり入ってて」「診察券を財布に入れ忘れた」「会員証ばかり増えて財布がパンパン」などなど。俺の記憶が若干、ビンボーくさいのは、昨今の不景気のせいだと思ってくれ。ただ「財布」というのは、持ち主といつもともにいるせいか、人間とよく似ていると俺は常々、感じていた。ほらほら、主婦の「財布」にはスーパーの領収書がいっぱいとかいうじゃなか。ということは、「財布」=「人生の縮図」ってことか?じゃあ、俺の両肩には「人生」がのっかかってる?やっぱり今度の仕事は大きかった。しかも重い。
 身体をふるわせ、身を引き締める。
 何がなんでも忘れ物を届けるぞ、と俺は決意を新たにした。【2に続く】


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